箱根の磨崖仏



 箱 根:温泉と正月の箱根駅伝で知られる街・・・・・説明の必要はないだろう。
昔から上方と関東を結ぶ道は重要であった。 箱根旧街道よりさらに古く鎌倉時代に開発された湯坂道に 700年ほど前に刻まれた地蔵の磨崖仏があると聞き訪れた。

  元箱根から小涌園方面へ国道1号線を走るバスに乗り、バス停:六道地蔵 下車。
目の前には精進池が広がり、湖畔の石仏・石塔群保存整備記念館では迫力あるサウンドと映像で地獄や地蔵の救済を再現?していました。
  精進池周辺は火山性の荒涼とした景観で、昔から地獄信仰の霊場となっていたようですが今は史跡公園として整備されています。

  記念館から遊歩道におり、右に曲がる国道下のトンネルをくぐると 目の前の山裾に六道地蔵と呼ばれる丸彫りに近い巨大な地蔵の磨崖仏があります。(上段左端 堂の中)

  遊歩道に戻り、少し先の国道下の斜面の岩石には、右手に錫杖を持った地蔵 が半肉彫りされています。
身内に不幸があったとき、この地蔵の前で送り火を焚く信仰が伝わり、 火焚地蔵 と呼ばれるようになったようです。

  少し進むと 大きな宝篋印塔、さらに進むと、巨大な岩石に菩薩(上段右2枚)が刻まれており 23体を数えるとか。  国道下のトンネルをくぐると岩肌にも刻まれており、合わせて二十五菩薩と呼ばれています。(26体中24体が地蔵菩薩のようです)
  また 曽我兄弟の墓といわれている五輪塔もあります。

  下段右3枚は、悲劇のヒロイン として名高い皇女和宮のお位牌を安置している寺・ 阿弥陀寺境内の馬頭観音などです。
  阿弥陀寺は、あじさい寺とも呼ばれており箱根登山鉄道・塔之沢駅から歩いて約 20分、急な山道を登ると山寺の風情を残した本堂があります。

皇女和宮
  孝明天皇の妹で、幕末の尊皇攘夷か佐幕海港かと騒然とした世情収拾のため、公武合体を名目に 14代将軍家茂に降嫁しました。
  輿入れ道中には中山道が利用され、私の住む桶川の街にも宿泊されました。
その時の宿・本陣が今も遺されており、毎月第一土曜日の午後、上段の間などが 一般公開されています。
  今年は江戸開府 400年、記念すべき年に 中山道宿場会議・桶川宿大会が 11月2日と3日の市民まつりに併せて開かれます。(明日と明後日です)
毎年 この市民まつりでは、皇女和宮行列の着飾った女性達が楽しめます。